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[ 1/130 ] 吾野駅 駅舎を出て。「顔振峠 3.6km」。「顔振峠 階段をおりてください → 」の表示。 [ 2/130 ] 駅舎の左奥に「関東ふれあいの道《 義経伝説と滝のあるみち 》」案内板がある。「解説」参照。 [ 3/130 ] 前方の階段をおりる [ 4/130 ] 階段の様子。眼下、前方の国道299号線を右方向へ進む。 [ 5/130 ] 前方「吾野トンネル」手前を左へ入る [ 6/130 ] ここで左折。「コースマップ」とは別のルートを歩いた。「地図(PDF)」参照。 [ 7/130 ] 「村社 借宿(かりやど)神社」を通過 [ 8/130 ] 前方、右の道へ入る。青い看板の道路標識に感謝。 [ 9/130 ] 「顔振峠 1.8km」へ [ 10/130 ] 前方、登山道入口に到着 [ 11/130 ] 表示板確認。登山道入口にて。 [ 12/130 ] 右手の細い道へ入る [ 13/130 ] 表示板。「顔振峠 1.4km」へ。同所にて。 [ 14/130 ] 渓流のような登山道を進む [ 15/130 ] 登山道がわかりにくい場所。右へ。 [ 16/130 ] 登山道の様子 [ 17/130 ] 林道を横断する [ 18/130 ] 林道を横断して、表示板を確認。「顔振峠 1.1KM」へ。 [ 19/130 ] 表示板を通過 [ 20/130 ] 右手の細い道へ入る [ 21/130 ] 表示板確認。同所にて。 [ 22/130 ] 表示板。左へ。 [ 23/130 ] 見晴らしのいい場所を通過。後ろを振り返って。ズームイン。 [ 24/130 ] 登山道の様子 [ 25/130 ] 右「顔振峠」へ [ 26/130 ] 右へ。前方、奥に民家が見える。 [ 27/130 ] 舗装路へ出るようだ [ 28/130 ] 舗装路へ出て。前方に表示板とお地蔵さんが見える。 [ 29/130 ] 表示板確認。「顔振峠 0.3km」へ。 [ 30/130 ] お地蔵さん [ 31/130 ] 開けた場所へ出る [ 32/130 ] 左方向(西側)の景色 [ 33/130 ] 山名表示板が設置されている [ 34/130 ] 右端のとがった山は「武甲山」。ズームイン。 [ 35/130 ] 「摩利支天尊」 [ 36/130 ] 「笑楽門」を通過 [ 37/130 ] 白い建物は「平九郎茶屋」 [ 38/130 ] 平九郎茶屋に到着 [ 39/130 ] 方角表示板 [ 40/130 ] 左方向の様子。「顔振峠」石標がある。「解説」参照。 [ 41/130 ] 表示板。「傘杉峠 1.7km」地点。 [ 42/130 ] 裏側の表示板。「黒山バス停 2.5km」地点。 [ 43/130 ] 「顔振峠 500m」標柱。「顔振峠」参照。 [ 44/130 ] 「越生 10名山 顔振峠 530m 越生町観光協会」表示板 [ 45/130 ] 「顔振峠 530m」表示板。以上、顔振峠にて。 [ 46/130 ] 「ユガテ・北向地蔵」へ [ 47/130 ] 「渋沢平九郎と顔振峠」案内板を通過。「解説」参照。 [ 48/130 ] 前方、左の登山道へ入る [ 49/130 ] 表示板確認。同所にて。 [ 50/130 ] 左前方、諏訪神社へお参りする [ 51/130 ] 「諏訪大神」本殿 [ 52/130 ] 鳥居を通過 [ 53/130 ] 左奥の建物は「阿寺公衆トイレ」 [ 54/130 ] 方角表示板 [ 55/130 ] 「ユガテ」へ [ 56/130 ] 鳥居を通過 [ 57/130 ] 表示板。「ユガテ 2.05km/越上山 0.25km」地点。同所にて。 [ 58/130 ] 分岐点。表示板がある。 [ 59/130 ] 直進すると「ユガテ・北向地蔵」 [ 60/130 ] 「越上山」山頂へ [ 61/130 ] 見晴らしのいい場所がある [ 62/130 ] 岩場を通過 [ 63/130 ] 越上山に到着。昼食休憩。 [ 64/130 ] 「越上山 566M」標柱。「越上山」参照。 [ 65/130 ] 「越上山」表示板 [ 66/130 ] 「三等三角点」。以上、越上山山頂にて。さっきの分岐点へもどる。 [ 67/130 ] さっきの分岐点。左下「ユガテ」へ。 [ 68/130 ] 「ユガテ 2.7km」地点を通過 [ 69/130 ] 舗装路を横断する [ 70/130 ] 表示板確認。「ユガテ」へ。舗装路にて、おりてきた道を振り返る。 [ 71/130 ] 分岐点。左は「一本杉峠・鼻曲山・桂木観音」。 [ 72/130 ] 表示板確認。右「ユガテ」へ。 [ 73/130 ] 分岐点。直進する。 [ 74/130 ] 表示板確認 [ 75/130 ] 表示板確認。以上、分岐点にて。 [ 76/130 ] 開けた場所へ出る [ 77/130 ] 周辺の山並み。同所にて。 [ 78/130 ] 蟹穴山に到着 [ 79/130 ] 「蟹穴山 460m」。カラフルな表示板。 [ 80/130 ] 「蟹穴山 460m」表示板 [ 81/130 ] 「ユガテ」へ。以上、蟹穴山山頂にて。 [ 82/130 ] 分岐点。左は「鎌北湖」。 [ 83/130 ] 表示板確認。「エビガ坂 0.8KM ユガテ 1.6KM」へ。 [ 84/130 ] 舗装路へ出る [ 85/130 ] 表示板。「エビガ坂 ユガテ」へ。舗装路へおりて。 [ 86/130 ] 裏側の表示板。「鎌北湖」。舗装路を進む。 [ 87/130 ] 左前方の山みちへ入る [ 88/130 ] 表示板。「ユガテ」へ。同所にて。 [ 89/130 ] 登山道の様子 [ 90/130 ] 茶之岳山に到着 [ 91/130 ] 「茶之岳山 450m」表示板。以上、茶之岳山にて。 [ 92/130 ] 「ユガテ 1.2KM エビガ坂 0.4KM」地点通過。キョリ表示に感謝。 [ 93/130 ] エビガ坂に到着 [ 94/130 ] 表示板確認。「ユガテ 0.8KM 東吾野駅 3.7KM」。 [ 95/130 ] 「エビガ坂」標柱。赤い文字で「 ↓ ユガテ 下る」と書いてある。 [ 96/130 ] 舗装路を横断する [ 97/130 ] 表示板確認 [ 98/130 ] 舗装路を横断して。「 ← ユガテ 東吾野駅」へ。 [ 99/130 ] 広場に到着 [ 100/130 ] 左手の階段をおりる。「ユガテ」へ。 [ 101/130 ] 民家を通り抜けるようだ [ 102/130 ] T字路。右へ。 [ 103/130 ] 表示板確認。左「東吾野駅 福徳寺」へ。後ろを振り返って。 [ 104/130 ] 広場を通過する。左、赤い屋根の建物はトイレ。 [ 105/130 ] 表示板。「東吾野駅」へ。 [ 106/130 ] 表示板の下に金魚が泳いでいる [ 107/130 ] ユガテに到着 [ 108/130 ] 「ユガテ 290M」表示板 [ 109/130 ] 「ユガテ 290m」標柱 [ 110/130 ] 分岐点へ出る。左は「東吾野駅(飛脚道 経由)」。
[ 111/130 ] 表示板確認。「東吾野駅 → 」へ。正面の細い登山道をくだる。 [ 112/130 ] 表示板通過 [ 113/130 ] 表示板確認。「福徳寺 2.0KM・東吾野駅 2.7KM」地点。 [ 114/130 ] 「ユガテ YUGATE → 」の表示板を通過 [ 115/130 ] 登山道のわかりにくい場所。右へ。 [ 116/130 ] 前方、表示板。ひと安心。 [ 117/130 ] 表示板確認 [ 118/130 ] 舗装路へ出る [ 119/130 ] 表示板。「福徳寺 東吾野駅」へ。 [ 120/130 ] T字路 [ 121/130 ] 表示板確認。「ここは、虎秀新田(こしゅうしんでん)です」の表示。 [ 122/130 ] 「東吾野駅 1.2km 福徳寺 0.5km」地点通過 [ 123/130 ] 福徳寺に到着 [ 124/130 ] 福徳寺は「ユガテ(飛脚道 経由)」への登山道入口になっているようだ [ 125/130 ] 福徳寺へお参りする。文化財の案内標柱が立っている。「解説」参照。 [ 126/130 ] 国指定重要文化財「阿弥陀堂」案内板。「解説」参照。 [ 127/130 ] 本堂 [ 128/130 ] 国道299号線を歩く。右手の川は高麗川。前方の橋をわたる。 [ 129/130 ] 東吾野駅に到着 [ 130/130 ] 2:42発「飯能」行きの電車に乗る
《 顔振峠/かあぶりとうげ 》
 越生町 2026.9.22
[ 日本山名事典 ]
顔振峠越上山
《 西武鉄道で行くハイキングコース24選 》
地図(PDF/切り抜き)
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#1-1【 関東ふれあいの道 《 義経伝説と滝のあるみち 》  このコースの中心顔振(かあぶり)峠は、奥武蔵から富士山に至る山並みの展望にすぐれ、奥州へ逃れる源義経が景色の良さに顔をふりふり登ったという伝説があるほどです。終点の黒山には、山岳伝説の修験道場として栄えた黒山三滝や、渋沢平九郎自刃の地があります。伝説と歴史にいろどられた全長8.0KMの一般向きコースです。
[吾野駅]- 3.6KM -[顔振峠]- 1.8KM -[傘杉峠]- 1.6KM -[黒山三滝]- 1.0KM -[黒山バス停] 】 

#2-1【 顔振峠 】 標高500米 吾野駅から約4粁 黒山東武バス終点からも約4粁 此の峠は昔 義経弁慶主従が余り展望のすばらしさに顔を振り振り眺めたので此の名がついたと云われます。明治維新の際 幕軍の勇士(子爵 渋沢栄一の義弟)渋沢平九郎は 飯能の戦に敗れ 単身顔振峠に落ち来たり 峠の茶屋にて草鞋(わらじ)をもとめ その代価として刀を預け 店主加藤たきに秩父路の安全なることを聞くも、遠く故郷大里の空を見て望郷の念止みがたく すすめるお茶も飲み残し 黒山に下りて官軍に遭遇し
 惜しまるる時散りてこそ 世の中は 人も人なり花も花なれ
と辞世を残して自刃し 若冠(じゃっかん)22才の若桜おしくも此の峠の麓に散りました。春夏秋冬折々の関八州の眺めはつきぬ情致豊かな峠で有ります。
 平九郎茶屋 加藤ツチ子

#3-1【 渋沢平九郎と顔振峠 】 旧暦慶應4(1868)年5月23日、飯能戦争と呼ばれる幕府方対新政府方の戦闘が、飯能の町を中心に勃発した。このとき旧幕府方の中心的存在であった振武軍で参謀を務めていたのが、渋沢平九郎である。彼は「日本近代資本主義の父」渋沢栄一の養子であった。新政府方の圧倒的な兵力により飯能戦争はわずか半日で終結した。振武軍ら旧幕府方の兵士は敗走を余儀なくされたが、逃げる平九郎が一人たどり着いたのが、顔振峠であった。故郷に帰りたい一心からか、郷里へ続く越生町方面の道へ降りて行ったという。しかし顔振峠から山を下ったところで新政府方の兵士に遭遇、追い詰められた平九郎はその場で自刃して果てた。22歳という若さであった。最期の地となった越生町黒山には、彼が自刃した際に座ったとされる岩が今も残されている。(飯能市 山間地域振興支援事業)

#4-1 #4-2【 標柱 】 福徳寺 阿弥陀堂 付 厨子(1棟) / 鉄造 阿弥陀三尊立像(3躯)
【 国指定重要文化財(建造物)福徳寺 阿弥陀棟 付(つけたり)厨子(ずし)一基 昭和24年2月18日指定 】 この阿弥陀堂は、間口、奥行共に三間四面(さんげんしめん)板壁造(いたかべづくり)の回縁(かいえん)つきで、前面は精巧な「蔀戸(しとみど)」となっている。屋根はかつて茅葺(かやぶ)きであったが、昭和30年度の復原修理により、小屋組を旧に復して勾配の美しい宝形造(ほうぎょうづくり)に改め、頂に露盤(ろばん)・宝珠(ほうじゅ)をのせる銅板葺(どうばんぶき)とした。内部は2本の来迎柱の前に禅宗様(ぜんしゅうよう)須弥壇(しゅみだん)を据える。阿弥陀堂の創建年代は詳(つまび)らかではないか、様式手法により鎌倉時代末期とされ、藤原期の流れを踏襲した、関東地方でも数少ない和様建築である。一方、内陣の須弥壇と来迎壁(らいごうかべ)廻りは室町時代に属するものとされる。厨子は檜(ひのき)の白木造で、簡素で省略も目立つが、木鼻(きばな)の特徴や欄間(らんま)のすかしなどから、桃山時代前後と考えられている。厨子には県指定文化財の鉄造阿弥陀三尊立像が安置されている。
 飯能市教育委員会 福徳寺