【 解説 】 ※ 画像クリック拡大表示
〔 毒キノコに注意 〕 食用キノコと毒キノコの区別は、なかなかむずかしいものです。間違い易いキノコに、タマゴタケ(食)とタマゴテングタケ(猛毒)、ウラベニホテイシメジ(食)とクサウラベニタケ(猛毒)があります。さらに、イッポンシメジのように地方名と図鑑の名称が一致しないものもあるので、名称を教えてもらっただけでは安心して食べるわけにはいきません。やたらに取って食べないことが最も安全と言えます。
〔 寶登山神社 奥宮 〕 この地は、今から1900年の昔、第12代景行天皇の皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)が、神霊を拝したところと伝えられます。日本武尊は東国平定の折、この山の神秘な雰囲気と美しい姿に心ひかれ、身を清め山に分け入りました。しばらく進むと突然の炎に包まれ、危うい事態に陥りました。その時何処からか大きな山犬たちが現れ、荒れ狂う火を消し止め、尊を山頂に案内すると姿を消してしまいました。尊は山犬たちが、山の神の「神使」=大口真神(おおくちまかみ)と悟られ、山を「火止山」(ほどさん)と名づけ、秩父の山々が幾重にも連なる荘厳な眺めは、神を祀るに相応しいところとされ、神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと=神武天皇)、大山祇神(おおやまつみのかみ)、火産霊神(ほむすびのかみ)の三柱をお祀りしました。「火止山」(ほどさん)はその後、霊場として栄え、日本武尊が神霊を拝したこの地に奥宮を、麓に本社を造営しました。弘仁年中(810〜824)に宝珠が山頂に飛翔する瑞祥(ずいしょう)から、神社と山名を「寶登山」と定め今に至ります。奥宮の祭は八十八夜(5月2日)に行われます。当日は本社境内の日本武尊社から渡御し、祭典が齋行され神楽が奉奏されます。尊の登頂の故事を偲ぶ多くの参拝者で山頂は大いに賑わいます。この祭りは「つつじ祭り」とも言われ、秩父地方の農耕始めの目安になっています。
〔 宝登山神社 〕 宝登山(ほどさん)神社は、神武天皇(じんむてんのう)、大山祇神(おおやまづみのかみ)、火産霊神(ほむすびのかみ)をまつり、秩父神社、三峰神社とともに、秩父三社の一つとして知られています。古くは、日本武尊(やまとたけるのみこと)が山に登ったときに山火事にあり、そのとき巨犬が現れ、火を消したことから、火止(ほど)神社と言われてきました。本殿は銅葺き(どうぶき)入母屋造り(いりもやづくり)、千鳥破風(ちどりはふ)、向拝の軒(こうはいののき)、唐破風権現造り(からはふごんげんづくり)と江戸建築の技巧美を、今なお伝えています。
|